《即興小説》地震の食卓
お題:求めていたのは水
必須要素:インドカレー
制限時間:1時間
※匿名で書いたのでブログに転載。
----------
カレーを作り終えたところで地震が来た。
ガタン、と最初に大きな縦揺れ。
ぐらりとカラダがよろけて、一瞬、眩暈かと思った。
けれどその後、、横濡れが続いた。
カレー鍋を乗せていたガスコンロの火が消えた。
それからキッチンのライトが消えた。
真っ暗にはならない。
まだ暮れきっていない夕日が、部屋の中の視界を保ってくれている。
カレーの匂いがリビングまで広がっていた。
食欲をそそる香り。
今夜はインドカレー。
薄暗くなりかけてるリビングのテーブルに、カレーのはいった鍋を運ぶ。
あとはライス。
でも、炊飯器も炊飯の途中でとまっていた。
ひどい。
停電のせいで、ゴハンが台無し。
泣きたくなる。
停電はすぐに回復する兆しがなかった。
仕方ないから、電気がつくまで待つことにした。
それまでサラダを作ろうと、真っ暗になりきらないキッチンにまた立つ。
冷蔵庫から取り出す生野菜。
ボウルに入れて、水道のレバーをあげる。
水は、ぽたり、と一滴垂れてきただけだった。
水道もとまっていた。
これではサラダも作れない。
部屋の中はじわじわと暗くなっていく。
仕方ないから、電気がつくまでカレー鍋を前に、座って待つことにした。
いつもなら夕刻になるとつく街の灯りは、なに一つついていなかった。
カーテンをひいていない窓の外も、部屋とおなじように薄暗くなっていく。
そのうちとうとう完全に日は暮れた。
部屋の中は真っ暗になった。
テーブルに肘をついている自分の腕も見えない。
壁にかけている時計の音もしない。
窓の外も、なんの音もなかった。
14階建てのマンションの10階。
そこに住む自分の部屋の窓から、下界を見下ろす。
下のほうは、どこもかしこも真っ暗だった。
闇しか広がっていなかった。
夜空には月もなかった。
星もひとつも見えなかった。
昼のうちは晴れるが今夜は曇り、と朝の天気予報で言っていたのを思い出す。
ひかりはなにひとつない夜が訪れていた。
ため息をついて窓をしめる。
真っ暗な部屋の闇には、カレーの匂いだけが満ちていた。
ぐう、とおなかが鳴った。
匂いのほうにゆっくり歩いていって、手探りで鍋に触れる。
やけどするほどの熱は残っていない。
手探りで食器棚をあさり、そこからスプーンをひとつ取り出す。
手探りでテーブルに戻って、鍋の中にスプーンの先をいれる。
カレーをすくって、それを自分の口に運んだ。
それをなんどか繰りかえし、口の中がひりひりくるほどカレーを食べると、空腹感が消えた。
カレーは美味しかった。
つめたい麦茶が飲みたくなる。
手探りで冷蔵庫まで歩いていき、ドアを開いた。
中は真っ暗で、ためこんでいた冷気がさーっと外に流れでてきた。
麦茶のポットを取り出す。
真っ暗の中、グラスを取りにいくのが面倒で、そのままポットに口をつける。
カレーでひりひりした喉が、つめたい麦茶を欲しがっていた。
一気に飲んだ。
ごくっ、と、喉を震わせるなり、ごくごくごくっ、と、一気に飲み下す。
それからやっと、舌が機能した。
麦茶じゃなかった。
それは素麺のつゆ。
先週、ちゃんとダシをとって作っておいたもの。
なにひとつ見えない真っ暗闇だと、五感も鈍る。
7口ぐらい飲み込んでから、口にやっと麦茶と違う味が広がった。
あわてて、キッチンの流しに走った。
途中でつまずいた。
額をおもいきり、どこかにぶつけた。
その途端に、濡れた感触がして、指で額を触る。
指先はほんとうになにかに濡れた。
血をだしたらしかった。
ゆっくりとカラダを起こし、手探りで慌てずに流しを探した。
水道の冷たい感触を、指で確かめる。
レバーをあげる。
こんどは、ぽたりともしなかった。
水道も止まっていたのを、思い出した。
間違って素麺のつゆを飲んだ喉の渇きは癒せない。
それは我慢するとしても、血で濡れた指先が気持ち悪い。
額からはぽたぽたと血が垂れ続けていた。
ティッシュ。
真っ暗な空間に手を泳がせながら、リビングに戻った。
リビングの電話機の横に、いつもボックスティッシュを置いていた。
それはすぐに見つかった。
けれど、箱の中は空だった。
ティッシュ。
トイレを思い出す。
トイレットペーパーでもいい。
真っ暗な廊下に出ると、壁づたいに歩いて、トイレに辿り着いた。
トイレのペーパーホルダーには、昨日入れたばかりの新しいロールがセットしてあった。
それで指先をぬぐう。
それからなにも考えずに、ぱんつをおろして、便座に座っていた。
トイレに入るとおしっこしたくなる反射神経だ。
ふう、と、力が抜けていきながら、出すものを出した。
それからウォシュレットのボタンを押す。
そこからはなにも出てこない。
電気がとまっていたのを、真っ暗なトイレの中で忘れていた。
仕方ないのでトイレットペーパーで拭く。
それから水道もとまっていたのを思い出した。
oh my God.
水。
水がない。
トイレを流す水も、カレーと素麺のつゆで渇いたダブルパンチな喉を癒す水も。
トイレはそのままにしてぱんつをあげると、暗闇をリビングまで戻り、財布を掴んだ。
コンビニで水を買ってこよう。
玄関を出ると、廊下も真っ暗。
エレベーターも動かないのを思い出した。
仕方なく、階段を下りて行った。
10階まで、真っ暗な階段を、足を踏み外さないようにゆっくり進んだ。
やっと外に出た。
外も真っ暗なままだった。
コンビニの方向まで歩く。
街灯もない道は、ガードレールの反射板もひからない。
記憶のままに道のカーブを進み、ようやくコンビニに着いた。
けれど、コンビニも真っ暗だった。
停電でレジがストップしたせいで、臨時休業していた。
水。
ここまできたからには、意地でも水がほしい。
けれど街には、ひとつも開いているお店がなかった。
さんざん暗闇を歩いて、疲れ、仕方なく家に戻った。
エレベーターはまだ動いていない。
下りてきた時よりも体力と時間を費やして、よろよろと10階まで階段で戻った。
玄関を開けるなり、カレーの匂いが漂ってきた。
ぐう、と、おなかがまた鳴った。
暗闇の壁をつたって、リビングに戻る。
疲れた。
椅子に座りこんで、さっきのスプーンでカレーをすくった。
疲れすぎた。
カレーをつい、何口も食べてしまう。
喉がひりひりしてきた。
水。
キッチンに歩いていく。
そしてまたなにかに額をぶつけた。
顔が濡れる。
血だ。
水。
http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=236995
▼luvlifeの即興小説:
http://sokkyo-shosetsu.com/author.php?id=2306769494
----------
投稿後:
@luvluv_tw
ラスト一行入れる時間が足りなかったんだよねー(o_o) それがオチなのに。
「それかティッシュ。」←これがラストの行なのです。
@luvluv_tw
さっきの小説、「横揺れ」が「横濡れ」になってた。
濡れ。って、なんかえっちいー)^_^(