《即興小説》トンネルの向こう
お題:子供の失踪
必須要素:川端康成
制限時間:30分
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トンネルを抜けると、雪が降っていた。
さらさらと白い粉が灰色の空から零れ落ちていく。
薄いカーディガンをはおっただけのカラダに、いきなり寒さを感じる。
トンネルを抜けただけで、季節が違った。
冬は冬なのだが、さっきまでいたところは、地面に柔らかい日差しが落ちていた。
それなのに、たった20メートルほどのコンクリートの穴を抜けただけで雪景色だ。
トンネルのあっちの入り口からは空は見渡せた。
トンネルの上にある線路の向こう側の空まで。
線路の向こう側が曇っていたことに気づきもしなかった。
寒くて腕を組む。
でも、ひき返さずに、雪が静かに降る道を歩きだした。
子供の名前を呼んだ。
音のない景色に、自分の声は響いた。
足は少しずつ早まる。
両側には田圃が広がる舗装された道は、あっちに見える里山をぐるりとまわりこむところまで見通せた。
田圃の遠くに民家がある。
農家らしい建物だ。
道からそっちを見ると、粉雪で白く煙る景色で、さっと動いたものがあった。
農家の建物にだれかが隠れた。
また子供の名前を呼んだ。
動いた人影は大人よりも小さかった。
その農家まで行ける道は見当たらなかった。
家は田圃に囲まれて、どの道とも繋がっていない。
田圃には冬だというのに水がはってあった。
その中に入って歩いていくには、ためらいが湧く。
「だれか」
また声をあげた。
「どなたかいませんか。そのおうちに」
声を張り上げる。
「あの。そちらに行きたいんですけど。どうやって行けば……」
だれの声も返ってこなかった。
けれど、また建物からさっと人影が出てきた。
子供だった。
間違いなく、子供の大きさだ。
小学生3、4年生ぐらいの。
そう。
男の子。
自分の子供の名前を呼んだ。
あれは自分の子だった。
ずっと探しまわっていた我が子だ。
「帰りましょう。おうちに」
白く煙る向こうに見える子供の姿に叫んだ。
「ここは寒いわ。おうちに……あったかいおうちに帰りますよ」
子供の人影は動かなかった。
「ねえ。こっちに来て。ねえ、どうやってそっちに行けるの? 道はどこにあるの?」
冷たい風が吹いて、さらさらと空から零れてきていた粉雪が乱れる。
景色は更に白濁した。
「帰るわよ。寒いわ。ねえ、あっちは寒くないから。早く。早く、こっちに来て」
叫び続けた。
風と雪が強まり、どんどん田圃の向こうの農家が見えなくなっていく。
子供の姿が、消しゴムで消したように消えていく。
「早く。早くママのところに帰ってきて」
真っ白になった景色の中から、ありったけの声で叫んだ。
「うちの子に、なにか御用ですか」
すると、雪の向こうから、年をとった女の声が聞こえた。
「うちの子? いえ、私の子です」
「ここにいるのはうちの子ですよ。人違いなさってるんじゃないですかね」
「違うわ。うちの子です。私の子です」
お互いの声だけが、まっ白く混濁した景色に響きあう。
「ママ!」
その時、子供の声がした。
「ママ、よ。ママはここよ。ママはここにいるわ。こっちに来て。帰るのよ」
「道がないよ、ママ」
「ママが、ママが今そっちに行くから」
そのまま田圃に駆け込む。
冷たい水が両足を凍らせる。
それでも必死でぬかる泥の上を駆けた。
足がもつれて、なかなか進まない。
そのままカラダが倒れる。
雪が降る凍った水に倒れこむ。
あまりに寒すぎて、意識が飛んだ。
目が覚めると、陽だまりのアスファルトの上に転がっていた。
目の前に線路が横切っている。
その土手の下にトンネルが出来ている。
トンネルの向こうに、さっと子供の人影が見えた。
カラダを起こすと、そのままトンネルの中に駆けていった。
カンカンと足音が響き、トンネルを抜ける。
トンネルを抜けると、そこはまた雪が降っていた。
子供の名前を呼んだ。
そして白く煙る景色に見える灰色の道をひたすら歩いた。
それを何度、繰り返してるのだろう。
我が子がある日突然いなくなってから。
http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=239960
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誤字直してますー。
必須要素が「川端康成」だったから、とっさに「雪」と「トンネル」が出たけど、同じ必須要素の小説も「トンネル」使ってたりするよねー(^_^)
このトンネルの向こう側は、黄泉みたいな世界、って設定でした。
そこから子供を現世に連れ戻そーとする母親。
(つまり子供は失踪じゃなくて、急死)
これから自分の即興小説をブログに転載する時、おなじお題や必須要素の人の小説から、おもしろかったものの紹介もしていこーかなー、って思ってます。
その作者さんに言及通知が飛ばせないのが残念だけどー。
必須要素「川端康成」でおもしろかったのはこれ。
読んだ途端、吹き出しちゃったし。
それも、制限時間が1時間だからねー。
おもしろかったから、この
さんの、ほかの読んでみた。
そしたら、
これもすごいおもしろかった(^_^)