《即興小説》くりかえす時計
お題:思い出の時計
必須要素:離婚
制限時間:15分
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仕事から帰る途中、腕時計がとまっているのに気づいた。
電池が切れたのだろう。
このままでは明日困ると思い、途中で時計屋に寄っていくことを考えた。
駅まで歩いていると、その途中に小さな時計屋があった。
ウィンドウには、いくつかの目覚まし時計や腕時計が並べられているだけ。
店の入り口は古びていて、昔ながらの時計職人がやってるのか、と思うような個人店だった。
真鍮の取っ手のついた木枠にガラスがはめこまれたドアを開ける。
キイ、と蝶番が錆びている音がした。
「あの、この時計、電池が切れて」
中から出てきた中年の男に、腕から外した時計を差し出してみせた。
男は「いらっしゃいませ」とも言わずに、無言で腕時計をとった。
銀色の装飾チェーンがついた女物の腕時計だ。
文字盤は薄いパールピンク色をしていて、小さいルビーが埋め込まれている。
「これの電池を交換なさいますか」
時計屋の男が聞いてきた。
「はい」
「よろしいんですね」
「ええ、お願いします。動かないと困るので」
男はこっちを向いてきた。
その顔は、少しも営業スマイルを浮かべていない。
「この電池を交換しますと、またこの時計は動きだしますよ」
「ええ。だからお願いしているんです」
「いいんですね。またおなじ時を刻みだしますよ、この時計は」
男の言う意味がわからなかった。
「おなじ時、って……?」
「だから、またおなじ時を刻みなおしますよ。この時計に最初に電池をいれた時から、あなたの時間がまた繰り返されるんです」
その腕時計は、婚約した時に婚約者からもらったものだった。
その後、彼とは結婚して、それから4年後に別れた。
離婚の理由は口にしたくない。
彼のことは思い出したくない。
けれど、その時計はとても綺麗だから気にいっていた。
だから使い続けていた。
「この時計は、電池をいれ直すたびに、最初に電池をいれた時に時間が戻るのです」
腕時計をくれた意味が、今やっとわかった。
妻を縛りすぎて嫌われた男は、妻を一生自分に縛りつけるつもりだったのだ。
「あの」
男から腕時計を取り返す。
「交換はけっこうです」
時計屋から出ると、動かない時計をポケットにしまった。
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時間がなくて、予定してたオチが書けなかったー(;_;)
ほんとは電池を交換して、婚約した時に時間巻き戻して、それで婚約しない選択を取るつもりだったんだよね。
でも、
「あの」
って書いた時に、もー秒単位のカウントダウンがはじまっちゃったから、慌てて終わらせるために交換しないオチにしちゃった。
これじゃ別にひねりもない終わり方だよねー。